アホ鏡

稚拙で支離滅裂ながらも日々感じたことを書き綴ります

大学生活

お久しぶりです

もう環境ががらっと一変しました、だから初日は下痢はするわ頭痛はするわでてんやわんや、しかし一ヶ月も経てばだんだん体が慣れてきて、いくぶんかはマシになってきました。

 

春休みは早起きをする必要がないぶん張り合いのない日常をただただ溶かすだけのいわば消化試合でしたが、こうしてすし詰めになりながら大学に通う現在は辛くもありますが、張り合いがあってなんとも言えぬ充足感に充ち満ちています。

さらにTOEICの勉強は継続したまま今は資格の勉強も始めたので、帰りはいつも真っ暗ですがこれも小さな自己投資だと考えれば自然と笑みすらこぼれます。

もちろんこれが一週間あるのですさまじい疲労が蓄積されますが、それは土曜日に死人の様にゴロゴロすることでリカバーしています。

 

そんな中でも恒例の寺社巡りも同じく継続しており、余裕が生まれ始めた最近はリフレッシュも兼ねて飛び回っています。

この前は住吉大社に行ってきました。小さな頃はあの異常なまでの傾斜を誇る太鼓橋に心底震え上がりなかなか渡れずにいたのですが流石に体も大きくなった今、ひょいひょいと渡れてしまうのが何とも嬉しくもありましたが、同時にどこか時の流れの速さも感じて寂しさもこみ上げてきました。

 

歳を重ね心身共に成長すると弊害も住吉の太鼓橋のようにひょいひょいと超えられるようになりますが、その度にふと問題解決に頭を抱えていた昔の自分がうらやましいと考えてしまいます。心の奥底では大人になりたくないとする自分がいるのかもしれませんね。

以上、近状報告でした。

 

 

 

 

寝起き風呂で死にかけた話

事の発端は食後の一時間程のまどろみでした。

 

心地良い眠りにズブズブと沈んでいく意識をなんとか総動員させ、眠りから覚めた私はボーッとした頭でとりあえず風呂には入らなければならないと思い立ちました。

 

ついでに私はよく入浴時の友として漫画を持ち込むのですが、今回もその例に漏れずにその辺にあった漫画をチョイスし、浴室へ。

 

寝起きの頭で身体を簡単に洗って、浴槽にざぶん。

鼻歌を歌いながら漫画を読んで約20分。

汗もいい感じに出てきたのを確認して浴槽から上がろうとした瞬間、とんでもない吐き気ととんでもない頭痛が突如として襲いかかってきました。

 

とりあえず立っていられない状態だったので、床に坐りこみながらゆっくりと深呼吸を繰り返しますが、一向に収まらない。

遠のきそうになる意識を必死に抑えつけ、半狂乱になりながらもとりあえず深呼吸。

 

吐き気•頭痛と格闘していると段々症状が緩和してきたようなので脱衣所まで這って移動しますが、その先でまたもや吐き気がぶり返し倒れこみました。

 

こうしたイタチごっこを二、三回繰り返して、やっと立てるようになったので柱に掴まりながらそろそろと立ち上がり、慎重かつ雑に身体を拭いてリビングへ。

 

混濁した意識の中とりあえず水を一杯飲んで裸で冷たいフローリングに横たわり、症状が収まるのを待つこと15分。

すると、まるでさっきまでの吐き気と頭痛が嘘のように全快したのです。

 

発症の理由は何もわかりませんが、二度と食後にまどろむことはしないよう誓いました。

ちゃんちゃん。

 

 

 

 

侮るなかれ

こんばんは、お久しぶりです。

toeicの勉強以外することが特にないので、半ば入学までの日数を溶かして生きている様な状態です。

 

 

最近は専ら近所の市営多目的施設で勉強をしているのですが、そこに日中小学生が集まってカードゲームやDSなどでワイワイ騒いで元気よく遊んでいます。

何事も声に出しながらでないと覚えられない恥ずかしがり屋の私には、そのワイワイが結構ありがたい存在だったりします。

 

ある程度勉強が進むと休憩がてら、彼らの会話を聞いたりするのですが、私達が小学生の頃の語彙力に比べて格段に豊富なのです。

時々、私が驚いてしまうほど難しい言葉を使う子もいる程です。

 

それが何による影響なのかは全く見当がつきませんが、改めて子供だと言って侮ってはならないのだと気付かされました。

好きこそ物の上手なれ

こんばんは

ここ二、三日の大雪に年甲斐もなくはしゃいで風邪をひきかけました。

 

さて今日、改めて二ヶ月前に不合格となり苦汁を舐めた前半テストの国語を解いてみたところ、合格の安堵感を伴った最高のコンディションだったにも関わらず60点しか取れませんでした。

やはり詩人の文章は肌に合わないのか、それとも出題の仕方が意地悪なのか。

 

こうなって来ると詩人の文章を半ば反射的に避けてしまうようになり、果てには全ての詩人の文章はこの上なく読みづらいという偏見まで持つようになってしまいます。私がそうです。

 

思うに詩人が書く文章は問題として扱うべきではないのです。これを問題として扱ってしまうと、解答者は出題者の感性と詩人の感性の両方を汲み取って答えを出さねばなりません。

とんでもなくめんどくさいですし、楽しくありません。

 

面白い出題は解き終わると、思わず笑みがこぼれるほど楽しいものです。数学には数学の達成感がありますし、国語にも国語なりの清涼感たっぷりの達成感があります。

その達成感を味わえば味わうほど解くのが楽しくなり、それにつれて点数も上がってくるのです。

 

事後報告

こんばんは

合格発表からはや一ヶ月近く経ちましたが未だに夢見心地です。

 

志望校に合格したものの、将来の鮮明なビジョンも特に無いのでとりあえずTOEICの勉強を始めました。

というのも受験勉強が既に生活のルーティンとして組み込まれてしまったらしく、勉強をしないとどうにも罪悪感に苛まれてしまうのでその穴埋めとしてチョイスしました。

 

肝心の勉強方法ですが、受験勉強と大差ありません。毎日配布音源を聴いて復唱、また聴いて復唱....の作業が増えたくらいです。

そうは言っても、今までリスニングの練習をしたことが無いのでパッと聴いただけではどれがどの単語なのか判別出来ませんし、復唱も間に合わないことが多々あります。

 

 

まだまだ道はあまりに遠いですが、亀の歩みで頑張ります。

三日坊主

お久しぶりです。

ブログ開設からまだ日は浅いはずなのですが、既に放置しつつありました。

良くないですね。

 

最近、日本霊異記を読み始めました。

理由は日本書紀古事記大鏡、と歴史説話ばかりでこんがらがった頭の中を整理する為

もう一つは、合格した国語試験に出題されていた古文がこの本から抜粋されたものだったからです。

 

内容は日本版イソップ童話みたいなもので、違う点は各説話ごとに必ずと言っていいほど、仏教的因果思想が絡んでくる点です。

その理由はいたってシンプルで、景戒という因果応報を深く深く信じるお坊さんが著者だからなのです。

 

しつこいくらいの仏教礼賛と因果応報の雨あられでまるで豚骨ラーメンを食べさせられている気分になりますが、それに目をつぶれば非常に面白い説話集です。

 

 

クルシミマス

こんばんは。

受験生の備忘録と銘打っときながら、年内に志望校に受かってしまったのでタイトル変えるつもりです。

 

ついにクリスマスですね。

彼女は今まで居たことがありませんが、イルミネーションはよく行きます。

カップルのイチャイチャに耐えながら鑑賞するのはかなり神経を磨耗しますが、それ以上に楽しいです。